霊視でみる感情

霊視でみる感情

香月のブログを読み返していると、生霊だの憑依だのと物騒な話が多いのですが、
私は、意外に普通に生きているのになぁ~?と笑ってしまいました。

仕事柄物騒な話は日常茶飯事では有りますが、仕事を離れると全くその様な話はしていません。

私は「楽しく生きたい」と思っている方なので、ちょっとした事でも面白可笑しくしてしまう所が有ります。

先日、初見で来られたご相談者様にもお話したのですが、
「霊能者って書いてるからどんな人が出てくるのかって思って来られませんでしたか?」
「いいえ、ホームページ見てて綺麗だったし、ここに来たら私の気持ち解って貰えそうな気がして、思い切って来てみました」
とおっしゃって貰いました。

霊視に入ると、どれほどの哀しみを持って香月の所に来て頂いたのか、自分が体験した様に感じてしまいました。

すさまじい情報量と現場を視てしまうからです。
言葉で私が話すのは視た事実を端的に話すことになってしまいます。
言葉とは不便だと感じてしまう事さえ有ります。
「今のお気持ちを共有しました」とお伝えしても無理な事は理解しています。
一緒に泣いてしまいそうな気持になってしまいますが、
私は霊能者です。
「一緒に泣くだけではお勤めが出来ません」
泣きそうになっても拳を握りしめている事で同化した感情を納めます。

掌に爪が食い込んで跡が残る事も有ります。

その掌を後で見るたびに「これがいらっしゃった方の苦しみ・哀しみ」の一部が目で見える
形になったものだと思う事にしています。
心の傷や哀しみ、苦しみとは本当に切ないものです。
そして、受けた傷を癒す事は出来るのかもしれませんが、その日にすぐに無かった事にして差し上げる事は出来ません。
ただ、言える事は「その哀しみ・苦しみ」も時間の経過の中でご相談者様にとって「ただの不要な感情ではなかった」と
「その様に変えないで下さい!」=「糧として生きて行けるんですよ!」という事をお伝えする事は出来ると思います。

「哀しみ・苦しみの途中」でその感情を

お一人で感じないで下さい!!

香月が一緒に感じます!

今を乗り切るには独りというのはとてもつらい事ではないですか?

自分一人で考えていても自分なりの考え方をしてしまいがちです、別の視点が有っても良いのではないでしょうか?

お話を聞くだけならお友達、信頼出来る方でも可能です。

霊能者とはそこを超えてご相談者様の感情を視て同化する事が出来ます。
多くの言葉も必要ない部分を持っています。
言葉で語るのは限られています。

特に香月はこの部分が霊能力を使う中でも一番得意とする分野です!!

哀しみ苦しみを感じる

哀しみ苦しみを感じる

霊能者と言っても実は得意不得意は有ると思います。
但し、金銭を頂戴するプロ霊能者であるなら、ある一定以上のオールマイティ部分は必須では有ります。
医師が内科、外科、精神科と細分化されているのと同じ様に自分の得意分野を研鑽する事は大切ですし、
必要だと思っています。
そしてその研鑽をした技術を余すことなくご提供出来ることがこれからの霊能者に求められる事ではないかとも考えています。

掌の爪の跡は私が霊能者で有り続ける限り消える事はないのでしょう。
それが、私に「力をお預け」になったお大師様の、仏様方の感じておられる心の痛みだと疎かには思いません。

せめて、香月の所に来て下さっている時だけでも「笑って」頂きたいです。
私もその様に勤めさせて貰いたいと願っています。

哀しいからこそ、苦しいからこそ「笑顔でいたい」泣き笑いでもいいんじゃないんでしょうか?
負の感情には負の物を呼び寄せる力が宿ってしまいます。
そして逆もまた真なりです。

霊能者は、気を感じ扱う事が出来なければお勤めは果たせません。陽の気を送る事もお勤めの一つです。
先日のご相談者様に、
「深刻なお話で来て貰っているのに私はきっと途中から笑っていますね。申し訳ないですが、意味が違うんです」
と申し上げました。
「いいえ、そんな事思ってません。その笑顔に救われました。ありがとう!!」とお言葉を頂きました。
御礼申し上げます。嬉しかったです!!

当日に全て解決出来ない問題が有るのは確かです。

ですが、私は霊能者として「陽の気」だけは沢山お持ち帰りしてもらうように心がけます。
私は陽の気を生む事だけは誰にも負けないと思っていますから、ジジャンジャン作ります。

プロフィール

谷川 香月
谷川 香月代表 / メインスピリチュアルカウンセラー
熊本県熊本市の霊能者・香月が霊能力によるスピリチュアルカウンセリングやご相談をお受けしております。占いや心理カウンセリングでは分からない事でも、あなたの悩みを解決に導きます